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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)20号 判決 1997年5月29日

北海道函館市桔梗町435番地の127

原告

株式会社アミックス

同代表者代表取締役

青木正子

同訴訟代理人弁護士

増岡章三

増岡研介

片山哲章

弁理士 早川政名

長南満輝男

三重県津市船頭町津興3454

被告

林口精三

静岡県静岡市豊田3丁目5番27号

被告

セイキ住工株式会社

同代表者代表取締役

守谷守

被告両名訴訟代理人弁護士

中井秀之

野上邦五郎

弁理士 林宏

内山正雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第20543号事件について平成7年12月11日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、発明の名称を「建物用網戸」とする特許第1827757号(昭和58年7月9日出願、平成元年12月27日出願公告、平成6年2月28日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

原告は、平成6年12月6日本件特許明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件特許発明」という。)を無効とすることについて審判を請求し、特許庁は、この請求を同年審判第20543号事件として審理した結果、平成7年12月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成8年1月13日原告に送達された。

2  本件特許発明の要旨

垂直に設置する網戸用周枠体の上框部に巻取り巻戻し用ローラーを軸承支持し、前記ローラーには防虫網の一端を巻付け、防虫網の下端には引下げ引上げ操作用桟を固定し、前記防虫網の左右両側縁には、一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体を取付け、網戸用周枠体の左右縦框の内面側には溝付きレールを設け、該レールの溝に前記スライドファスナーのテープ半体を摺動自在に挿通すると共に、溝の口縁内面に突子の基端部を摺動自在に係合させ、防虫網を引下げた状態で周枠体内に蚊や蝿の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用網戸。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであって、本件特許発明は、甲第1ないし第6号証(本訴における甲第5ないし第10号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず、また、特許法36条5項に違反してなされたものとも認められないとした。

4  審決の理由に対する認否

(1)  審決書2頁2行ないし3頁12行(当事者の求めた裁判、当事者の主張)、3頁13行ないし4頁18行(経緯および発明の要旨)、4頁19行ないし15頁6行(証拠方法)は認める。

(2)  同15頁8行ないし18頁12行(一致点、相違点の認定)のうち、甲第5号証に記載されたものにおいては、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物を用いている点(18頁8行ないし12行)は争い、その余は認める。

同18頁13行ないし22頁末行(相違点についての判断)のうち、18頁13行ないし20頁9行は認める。同20頁10行ないし18行のうち、甲第5号証に記載された、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物は、いずれも係止部材として特別の形をなす部材であり、そして、この特別な形の部材を製造するには、そのための特別な型が必要であり、したがって、本件特許発明とは、構成が相違しているばかりでなく効果の点においても前記したような差異を有するものであることは争い、その余は認める。同20頁19行ないし22頁10行のうち、請求人の主張内容並びに甲第9号証及び甲第10号証に記載されているものは、いずれも、スライドファスナー本来の目的、機能を使用しているものであることは認め、その余は争う。同22頁11行ないし末行のうち、甲第8号証に記載のものも、面状ファスナー本来の目的、機能を使用しているものであることは認め、その余は争う。

(3)  同23頁1行ないし28頁13行(請求人の主張<2>についての判断)は認める。

(4)  同28頁14行ないし17行(結び)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、相違点でない点を相違点として誤って認定し、又は、相違点についての判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点の認定の誤り)

審決は、本件特許発明と甲第5号証に記載されたものとは、防虫網の左右両側縁には、一側縁に断続的に設けられた複数の突起物として、本件特許発明では、“一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体”を用いているのに対して、甲第5号証に記載されたものにおいては、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物を用いている点で相違する旨認定するが、誤りである。

<1> 甲第5号証(本訴における甲第5号証)には、「該防虫網の左右両側縁には、一側縁に断続的に設けられた複数の突起物を取付け」(審決書16頁11行ないし16行)た建物用網戸が記載され、「又、突起物は、断続的に設ければ、機能よく巻とり出来、押しに対する復元が容易となるが、連続して突起物をのこぎり状に設けても、上下動でき、押しても外れないスクリーンを挟着支持する役目を当然果たせる」(甲第5号証3頁右上欄7行ないし11行)、「突起物は、上記実施例だけに限られることなく、突起物が枠状のレールに収まればよいのであって、突起物と、少なくとも一方に耳があればよく、突起物の形は任意に出来る。」(同3頁右上欄3行ないし7行)と記載されている。

したがって、本件特許発明の「スライドファスナーのテープ半体」は、甲第5号証の「断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物」に含まれるというほかはない。

<2> 「スライドファスナーのテープ半体」が「断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物」の下位概念であるとしても、下位概念であるから両者が相違しているとする論理の不自然さは明らかである。下位概念であるとの理由により新規性が認められるとすれば、ある発明の明細書中に実施例として記載されていないものはすべて新規性ありとされることにもなりかねない。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

仮に相違点の認定の誤りがないとしても、審決は、甲第5号証に記載された、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物は、「係止部材として特別の形をなす部材であり、そして、この特別な形の部材を製造するには、そのための特別な型が必要であり、したがって、本件特許発明とは、構成が相違しているばかりでなく効果の点においても前記したような差異を有するものである」、甲第9号証及び第10号証に記載されているものは、「本件特許発明のようにスライドファスナーを、いわゆる一対のテープ半体の結合というファスナー本来の使用目的や機能とは本質的に別意の態様で使用し、しかも、スライドファスナーの有する特性を利用した点において、目的、機能を異にしている。したがって、例え、スライドファスナーが、本件特許発明が出願された遙か以前からこの種の技術分野において甲第5、6号証(本訴甲第9、10号証)に記載されているように公知のものとなっていたとしても、これを本件特許発明と技術分野を同じくする甲第1、2、3号証(本訴甲第5、6、7号証)に記載されたものに適用して本件特許発明のように構成することは、当業者と難も容易になし得たものとすることはできない。」、甲第8号証についても、同様である旨判断するが、誤りである。

<1> 本件特許発明は、甲第5号証に記載されたものと同一発明とすらいい得る程度の発明にすぎず、少なくとも甲第5号証に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたことは疑う余地がない。

少なくとも上位概念に含まれる下位概念であれば、むしろ進歩性は認められにくいものとされなければならない。そうでなければ、先願の特許権は、下位概念を用いた後願が特許を受けることにより、事実上実施例限定に至るまでその技術的範囲を限りなく狭められ、現実の権利の行使の場面において、画に描いた餅となるであろう。

<2> 審決は、甲第5号証に記載された、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物は、「係止部材として特別の形をなす部材であり、そして、この特別な形の部材を製造するには、そのための特別な型が必要であ」ると認定するが、根拠のない独断である。特別な型が必要か否かなどということは、甲第5号証からは不明というほかないはずである。甲第5号証の「突起物は、上記実施例だけに限られることなく、突起物が枠状のレールに収まればよいのであって、突起物と、少なくとも一方に耳があればよく、突起物の形は任意に出来る。」(3頁右上欄3行ないし7行)と、どのような形でもよいと記載されているのである。

<3> 網戸の両端縁にスライドファスナーを使用することが甲第8ないし第10号証により既に公知であった以上、甲第5号証の「係合帯体」にスライドファスナーテープ半体を使用することは誰でも思いつくことである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本件特許発明の「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体」を防虫網の左右両側縁の係止に用いることは、甲第5号証の「断続的に設けられた複数の突起を有するスクリーン挟着支持物」という上位概念のものから技術常識を参酌して得られるものではない。

(2)  取消事由2について

<1> 本件特許発明は、スライドファスナーのテープ半体を用いることにより、審決書18頁13行ないし20頁9行に記載されているような、甲第5号証では到底期待することができない顕著な効果を奏するものであり、この効果を参照すると、本件特許発明が甲第5号証に記載されたものと明白な差異を有することはもちろん、甲第5号証に記載されたものから容易に発明をすることができないものであることは明白である。

<2> 原告は、甲第5号証に記載のスクリーン挟着支持物を製造するための「特別な型」が必要である点について独断的判断である旨主張するが、上記スクリーン挟着支持物を工業的に製造するためには、何らかの型を用いることは常識的で、当然の手段である。

仮に、この点の原告の主張が正しいとしても、本件特許発明では上記した顕著な効果を奏するものであるから、この点の審決の誤りは、審決の判断に影響を与えるものではない。

<3> 原告は、網戸の両端縁にスライドファスナーを使用することが既に公知であった以上、甲第5号証の「係合帯体」にスライドファスナーテープ半体を使用することは誰でも思いつくことである旨主張するが、本件特許発明では、スライドファスナーを本来の使用目的や機能とは本質的に別異の態様で使用し、しかも、スライドファスナーの有する特性を利用したものであり、この点に関する審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件特許発明の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決書4頁19行ないし15頁6行(証拠方法)及び23頁1行ないし28頁13行(請求人の主張<2>についての判断)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  本件特許発明と甲第5ないし第7号証に記載されたものとの一致点、相違点の認定のうち、甲第5号証に記載されたものにおいては、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物を用いている点で本件特許発明と相違すること(審決書18頁8行ないし12行)を除く事実は、当事者間に争いがない。

<2>  本件特許発明明細書に、本件特許発明における、一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体は、「上記スライドファスナーは、本来、開閉操作用のランナーを一対のテープ半体間に相対向する突子を両側から挟むように取付け、このランナを突子に沿ってスライドさせることによって開閉操作するものであるため、ランナと摺接する突子の基端部は丸みをもたせるなどして非常に滑り易く構成されており、従って、本発明において突子の基端部をレールに摺接させることにより、それらが点接触であることと相俟って、突子とレールとの摺動抵抗を非常に小さくして防虫網の開閉操作を軽快且つ円滑ならしめることができる。しかも、テープ半体自体もランナと常に摺接するものであるため、その耐磨耗性は大きく形成されており、そのため、このテープ半体をレールの溝に挿通させることにより、防虫網自体を挿通させる場合のようなレールとの摺接による該防虫網の破損がなく、その耐久性を著しく高めることができる。更に、防虫網の両側縁に取付ける係止部材として、前記スライドファスナーのテープ半体と同様に多数の突子を備えたものを特別に成型しようとすると、型の製作等に多大な費用がかかるため、網戸として価格が非常に高くなることが避けられないが、本発明のように、安価に大量生産可能なスライドファスナーを係止部材として使用することにより、品質及び操作性能の良い網戸を安価に得ることができる。」(本訴における甲第3号証5欄33行ないし6欄22行)と記載されていること(審決書18頁13行ないし20頁4行)は、当事者間に争いがない。この記載によれば、本件特許発明は、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物として「多数の噛合用突子を一側縁に備えたスライドファスナーのテープ半体」を用いる構成により、スライドファスナー本来の使用の形態において、ランナーとの摺接に対応することにより滑りやすくなっている突子の基端部をレールとの摺接部分に使用し、かつレールとの摺接において突子の形状からして、曲面形状をしているものをレールの直線形状に接触させることにより、点接触させ、そのことにより防虫網の開閉を円滑にできるようにし、また、テープ半体はランナーとの摺接に耐え得るように耐磨耗性を有するものであるから、これを防虫網に用いることにより、テープの本来もっている程度の耐久性を期待できること、更に汎用品を使用できるため、製作に別途の型を作る必要もなく、安価であるとの効果を奏するものと認められる。

次に、甲第5号証に、「スクリーン5は、その左右の端縁に、係合帯体としてたとえば断続的に設けられた複数の突起物5-2を有する帯状のスクリーン挟着支持物5-1を固着させてあり、スクリーン挟着支持物5-1は固着されたスクリーンと共に、一側面部に切欠溝を有する中空状でCの字形の枠状のレール2に収容されていて、スクリーン5をレール2に支持或いは挟着させている。スクリーン5の別の縁端には、同様のスクリーン挟着支持物が固着してあり、切欠溝2-1と対向する切欠溝2-2を有するレール2に支持されている。」(審決書5頁17行ないし6頁7行)、「なお挟着支持物5-1の突起物は、上記実施例だけに限られることなく、突起物が棒状のレールに収まればよいのであって、突起物と、少なくとも一方に耳があればよく、突起物の形は、任意に出来る。又、突起物は、断続的に設ければ、機能よく巻きとり出来、押しに対する復元が容易となるが、」(同6行14行ないし末行)と記載されていることは、前記説示のとおりであり、甲第5号証によれば、スクリーン挟着支持物の概略正面図である甲第5号証の第4図には、帯状のスクリーン挟着支持物5-1の長手方向に沿って、該挟着支持物5-1のほぼ中央に正面から見て矩形の突起5-2が断続的に形成されている点が示されており、第2図及び第3図によれば、上記第4図に示された矩形の突起5-2はほぼ偏平な直方体の形状をしていることが認められる。

以上によれば、本件特許発明の「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列」は、甲第5号証の断続的に設けられた複数の突起に包含され、また、本件特許発明の「スライドファスナーのテープ半体」は、防虫網の左右両側縁に設けられるものであるから、甲第5号証の「スクリーン挟着支持物」に包含されると認められ、甲第5号証の「断続的に設けられた複数の突起を有するスクリーン挟着支持物」の構成は、本件特許発明の「一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体」の上位概念に相当すると認められる。しかしながら、甲第5号証には、本件特許発明の上位概念としての構成が記載されているとしても、スクリーン挟着支持物として「スライドファスナーのテープ半体」を使用することは何ら記載されていないし、本件出願時の技術常識を参酌しても、これが示唆されてもいないと認められる。甲第5号証に「なお挟着支持物5-1の突起物は、上記実施例だけに限られることなく、突起物が棒状のレールに収まればよいのであって、突起物と、少なくとも一方に耳があればよく、突起物の形は、任意に出来る。」と記載されていることも、形状として任意の形状を採用することができることを示しているだけであって、上記判断を左右するものではないと認められる。

よって、本件特許発明の出願時の技術常識をもってしても、甲第5号証の記載から本件特許発明の構成である「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列」を想起することは困難であり、審決の相違点の認定に誤りはないと認められる。

<3>  原告は、下位概念であるから両者が相違しているとする論理の不自然さは明らかであり、下位概念であるとの理由により新規性が認められるとすれば、ある発明の明細書中に実施例として記載されていないものはすべて新規性ありとされることにもなりかねない旨主張するが、上位概念で抽象的に特許請求の範囲を記載したことによって、その抽象的な記載から直ちに認識できる解決手段を超えてその上位概念に含まれるすべてのものに特許権の効力が及ぶと解することはできないから、この点の原告の主張は採用できない。

<4>  なお、甲第5号証に「又、突起物は、断続的に設ければ、機能よく巻きとり出来、押しに対する復元が容易となるが、連続して突起物をのこぎり状に設けても、上下動でき、押しても外れないスクリーン挟着支持する役目を当然果たせる。」(審決書6頁19行ないし7頁3行)と記載されていることは、前記のとおりであるが、本件特許発明の構成に最も近接したものは、甲第5号証中の「断続的に設けられた複数の突起物」であると認められるところ、ある発明と引用例とを対比する場合において、引用例に記載された事項のうち該発明の構成に最も近接した引用例の構成を対比すべきであって、引用例に複数の技術事項が開示されていたからといって、該発明の構成と明らかに相違する事項まで対比する必要はないから、審決が「連続して突起物をのこぎり状に設け」る点を甲第5号証の記載事項として認定せず、したがって、それと本件特許発明との対比をしなかったことをもって、相違点の認定に誤りがあるとすることはできない。

<5>  したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  審決書20頁10行ないし18行のうち、甲第5号証に記載された、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物は、「係止部材として特別の形をなす部材であり、そして、この特別な形の部材を製造するには、そのための特別な型が必要であり、したがって、本件特許発明とは、構成が相違しているばかりでなく効果の点においても前記したような差異を有するものである」ことを除く事実、甲第9号証及び甲第10号証に記載されているものは、いずれも、スライドファスナー本来の目的、機能を使用しているものであること(審決書21頁14行ないし17行)、甲第8号証に記載のものも、面状ファスナー本来の目的、機能を使用しているものであること(同22頁11行、12行)は、当事者間に争いがない。

<2>  本件特許発明は、スクリーン挟着支持物としてスライドファスナーの半体という構成に限定し、また、「断続的に設けられた複数の突起」として「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列」という構成に限定することにより、前記(1)に説示したとおり、スライドファスナー本来の使用の形態において、ランナーとの摺接に対応することにより滑りやすくなっている突子の基端部をレールとの摺接部分に使用し、かつレールとの摺接において突子の形状からして、曲面形状をしているものをレールの直線形状に接触させることにより、点接触させ、そのことにより防虫網の開閉を円滑にできるようにし、また、テープ半体はランナーとの摺接に耐え得るように耐磨耗性を有するものであるから、これを防虫網に用いることにより、テープの本来もっている程度の耐久性を期待できること、更に汎用品を使用できるため、製作に別途の型を作る必要もなく、安価であるとの顕著な効果を奏するものであるところ、本件特許発明のように構成することが、甲第5号証の「断続的に設けられた複数の突起を有するスクリーン挟着支持物」の構成は本件特許発明の「一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体」の上位概念に相当すると認められることを考慮しても、原告が引用する甲第5ないし第10号証から当業者が容易に想到し得ることとは認められない。

<3>  原告は、甲第5号証に記載された断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物は、いずれも係止部材として特別の形をなす部材であり、この特別な形の部材を製造するにはそのための特別な型が必要である旨認定することは根拠のない独断である旨主張する。しかしながら、本件特許発明の出願時の技術常識をもってしても、甲第5号証の記載から本件特許発明の構成である「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を有するテープ半体」を使用することを想起することは困難であると認められることは前記(1)に説示したとおりであり、甲第5号証には、本件特許発明におけるスライドファスナーのような汎用品を使用することが開示されていないものであるから、甲第5号証に記載されたものの製造に当たりその形状に合わせた特別な型を製作する必要が生ずるものと認められ、この点の原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、網戸の両端縁にスライドファスナーを使用することが既に公知であった以上、甲第5号証の「係合帯体」にスライドファスナーテープ半体を使用することは誰でも思いつくことである旨主張する。

しかしながら、甲第8ないし第10号証の記載事項が審決認定のとおりであること(審決書12頁4行ないし15頁6行)は、前記説示のとおりである。これによれば、甲第8号証には、網戸の一側縁に設けられた面状ファスナーのような係着具と、開口縁に設けられた面状ファスナーマットのような被着具とを、係着して網戸の網幕を開閉することが記載されており、甲第9号証には、防虫網の一側縁に設けられたファスナーの一端片と、開口部の柱に設けられたファスナーの他端とを、噛み合い係合させて防虫網を開閉することが記載されており、甲第10号証には、スクリーンの一側縁に設けられたスライドファスナーの一片と、開口部の竪枠に設けられたスライドファスナーの一片とを、スライダーにより互いに噛み合い係合させてスクリーンを開閉することが記載されていると認められるが、甲第9及び第10号証に記載されているものは、いずれも、スライドファスナー本来の目的、機能を使用しているものであること(審決書21頁14行ないし16行)、甲第8号証に記載のものも、面状ファスナー本来の目的、機能を使用しているものであること(同22頁11行、12行)は、前記説示のとおりである。そうすると、本件特許発明のように防虫網の一側縁に「多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体」を取り付けることにより、突子列の基礎部をレールに摺接させ、防虫網の開閉を円滑に行えるようにすると構成することが、甲第8ないし第10号証から認められる網戸の両端縁にスライドファスナーを備えることから容易に想到し得たことと認めることはできない。

<4>  したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成6年審判第20543号

審決

北海道函館市桔梗町435番地の127

請求人 株式会社 アミックス

東京都文京区白山5-14-7

代理人弁理士 早川政名

三重県津市船頭町津興3454

被請求人 林口精三

静岡県静岡市豊田3の5の27

被請求人 セイキ住工 株式会社

東京都新宿区西新宿1-9-12 第一大正建物ビル

代理人弁理士 林宏

東京都新宿区西新宿1丁目9番12号 第1大正建物ビル 林宏特許事務所

代理人弁理士 内山正雄

東京都渋谷区宇田川町37-10 麻仁ビル6階 西澤国際特許事務所

代理人弁理士 西澤利夫

上記当事者間の特許第1827757号発明「建物用綱戸」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1. 当事者の求めた審判

(1)請求の趣旨

特許第1827757号明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下、本件特許発明と云う)について特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。

(2)答弁の趣旨

結論同旨の審決を求める。

2. 当事者の主張

(1)請求人の主張

<1>本件特許発明は、その出願前に国内に頒布された刊行物である甲第1~6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

<2>また、本件特許発明は、特許請求の範囲において発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しておらず、特許法第36条第5項の規定に違反してなされたものである。

故に、本件特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。

(2)被請求人の主張

本件特許発明は、その要旨を特許請求の範囲に記載されたとおりの「建物用綱戸」とするもので、請求人の提出した各甲号証とは、構成を異にし、目的、効果も異にするものであり、特許法第29条第2項の規定に該当するものではない。

また、請求人が主張するような点での記載不備はない。

3. 経緯および発明の要旨

本件特許発明は、昭和58年7月9日の特許出願に係り、平成1年12月27日に特公平1-61158号として出願公告された後に、平成2年11月17日差出しの手続補正書により特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項を補正する補正(以下、「公告後の補正」と云う)がなされ、平成6年2月28日に設定登録されたものである。

そして、本件特許発明の要旨は、出願公告された明細書、図面の記載、および

前記公告後の補正により補正された本件発明の明細書の特許請求の範囲の第1項に記載されている下記のとおりのものにあるものと認める。

「垂直に設置する網戸用周枠体の上框部に巻取り巻戻し用ローラーを軸承支持し、前記ローラーには防虫網の一端を巻付け、防虫網の下端には引下げ引上げ操作用桟を固定し、前記防虫網の左右両側縁には、一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体を取付け、網戸用周枠体の左右縦框の内面側には溝付きレールを設け、該レールの溝に前記スライドファスナーのテープ半体を摺動自在に挿通すると共に、溝の口縁内面に突子の基端部を摺動自在に係合させ、防虫網を引下げた状態で周枠体内に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用網戸。」

4. 証拠方法

これに対して、本件審判請求人は、

甲第1号証として、特開昭50-82838号公報、

(以下、単に甲第1号証という)、

甲第2号証として、特開昭55-116990号公報、

(以下、単に甲第2号証という)、

甲第3号証として、実開昭56-153598号のマイクロフィルムによる全文明細書、

(以下、単に甲第3号証という)、

甲第4号証として、実開昭55-65398号のマイクロフィルムによる全文明細書、

(以下、単に甲第4号証という)、

甲第5号証として、実公昭40-9034号公報、

(以下、単に甲第5号証という)、

甲第6号証として、特公昭46-21265号公報、(以下、単に甲第6号証という)、

を提出している。

次に、上記各甲号証の記載内容を検討すると、甲第1号証には、「スクリーン5は、その左右の縁端に、係合帯体としてたとえば断続的に設けられた複数の突起物5-2を有する帯状のスクリーン挟着支持物5-1を固着させてあり、スクリーン挟着支持物5-1は固着されたスクリーンと共に、一側面部に切欠溝を有する中空状でCの字形の枠状のレール2に収容されていて、スクリーン5をレール2に支持或いは挟着させている。スクリーン5の別の縁端には、同様のスクリーン挟着支持物が固着しそあり、切欠溝2-1と対向する切欠溝2-2を有するレール2に支持されている。・・・略・・・レール2、2の上部間にあるスクリーンケース1は、中空状になっていて、回転筒6-3を収容してあり、・・・略・・・スクリーン5は、その上部で回転筒6-3と係止され、・・・略・・・スクリーン5の下部は、棒状の支え4に取着され、」(公報第2頁左上欄第13行~左下欄第2行の記載参照)、また、「なお挟着支持物5-1の突起物は、上記実施例だけに限られることなく、突起物が棒状のレールに収まればよいのであって、突起物と、少なくとも一方に耳があればよく、突起物の形は、任意に出来る。又、突起物は、断続的に設ければ、機能よく巻きとり出来、押しに対する復元が容易となるが、連続して突起物をのこぎり状に設けても、上下動でき、押しても外れないスクリーンを挟着支持する役目を当然果たせる。」(公報第3頁右上欄第2~11行の記載参照)、そして、図面の第2~4図には、垂直に設置するワクの上部に巻取り巻戻し用回転筒を設け、前記回転筒にはスクリーン(網体)の一端を巻付け、スクリーン(網体)の下端には棒状の支えを固定し、スクリーン(網体)の左右両側縁には、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物を取付け、左右の両枠状のレールに設けた切欠溝に、前記帯状のスクリーン挟着支持物を摺動自在に係合させ、スクリーン(網体)を引下げた状態で左右の両枠状のレールとスクリーン(網体)との間に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用虫よけスクリーン、が記載されている。

従って、甲第1号証には、垂直に設置するワクの上部に巻取り巻戻し用回転筒を設け、前記回転筒にはスクリーン(網体)の一端を巻付け、スクリーン(網体)の下端には棒状の支えを固定し、スクリーン(網体)の左右両側縁には、断続的に設けられた復数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物を取付け、左右の両枠状のレールに設けた切欠溝に、前記帯状のスクリーン挟着支持物を摺動自在に係合させ、スクリーン(網体)を引下げた状態で左右の両枠状のレールとスクリーン(網体)との間に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用虫よけスクリーン、が記載されているものと認める。

甲第2号証には、「可塑性を有する矩形状の網体の一面の相対向する上下乃至左右両縁の全長に亘って複数個のランナーが隔設され、隣り合う各ランナーの対向面は網体を巻付けた時に各ランナーがこの対向面を突合して環状に配列されるような傾斜面に成形され、網体の上下乃至左右の両端部はこれと対応して開口枠の上下乃至左右に配設したレールのスリットに通され、網体両縁の各ランナーはスリット周縁のレールに摺動自在に係止され、相対向する一対のレールの長手方向の一方の端部には巻き付けられた網体を収納するボックスが設けられていることを特徴とする巻取り式網戸」(特許請求の範囲の項の記載参照)であって、「網体(1)は可塑性を有し一端に巻き取り可能となっていて、網体(1)を上下方向に開閉する場合は左右の両側の一面に複数のランナー(2)が、・・・略・・・取着してある。また網体(1)の開閉方向先端には把手(12)を有するリード桟(13)が取付けられ、各ランナー(2)は開口枠(3)の左右乃至上下の全長に設けたレール(4)に摺動自在に係合している。ランナー(2)はポリプロピレンのような合成樹脂にて台形状に形成され、互いの傾斜面を互いに対向させると共に傾斜面(5)の基部を互いに連続させて谷部を形成しており、網体(1)を巻付けた時にランナー列はこの谷部を支点として折れ曲り、各ランナー(2)の傾斜面(5)を突き合わすようにしてうず巻状に巻取られるものである。レール(4)は第4図に示すように中空体に成型され、内面の長手方向全長に亘ってスリット(6)が形成してあって、網体(1)をこのスリット(6)に通すと共にスリット(6)周縁にランナー(2)を摺動自在に係止して、開口枠(3)の開閉方向の一端たは両レール(4)(4)間にまたがり、開口枠(3)内に向けて開口するボックス(7)が付設してあり、両レール(4)(4)内に収納するわけである。・・・略・・・網体(1)が自動的に巻取られてボックス(7)内に収まるのである。」(公報第1頁右下欄第4行~第2頁左上欄第14行の記載参照)と記載されていることから、従って、甲第2号証には、垂直に設置する枠の上部に巻上げた網体を収納するボックスを設け、網体の下端にはリード桟を固定し、網体の左右両側縁には、隔設された複数のランナーを取付け、左右のレールに配設したスリツトに、前記ランナーを摺動自在に係止させ、網体を引下げた状態で左右のレールと網体との隙間をなくしたことを特徴とする建物用の巻取り式網戸、が記載されているものと認める。

甲第3号証には、「内側壁中央に縦溝8を有する中空側枠7を両側に設けかつこの中空側枠7内にスライド可能な如く挿入し得る止め具5を網1の両側に夫々リベット、ハトメ6を介して取付けて構成したことを特徴とした巻上式網戸」(実用新案登録請求の範囲の項の記載参照)と、図面の第1~3図、及び「第1図乃至第3図に於て、1は網戸の網であって、その上下端には支持バー2、3が夫々取付けられ、下部の支持バー3の中央には取手4が取付けられ又網戸1の両側部には夫々3個の止め具5がリベット6を介して取付けられている。次に7は前記止め具5をスライド可能な如く収納し得る網戸の中空側枠であって、その内側壁中央には縦溝8が内通して上下に穿設されている。又図中9は巻上げケース、10は下枠である」(第2頁第7~15行の記載参照)、が記載されており、従って、甲第3号証には、垂直に設置する枠の上部に巻上げケースを設け、前記巻上げケースには網の一端を巻付け、網の下端には支持バーを固定し、網の左右両側縁には、3個の止め具を取付け、左右の側枠に設けた溝に、前記止め具を摺動自在に係合させ、網を引下げた状態で左右の側枠の溝と網との間に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用の巻上式網戸、が記載されているものと認める。

また、甲第4号証には、「窓のような開口の周縁に網幕を巻き取るための巻き取りロールを配装し、この網幕にて開口を開閉自在とし、開口の開口枠に網幕の周部を面状フアスナーのような係着具と面状フアスナー用マツトのような被着具にて係脱自在に係着して網幕の周囲を開口枠に密着させて成る巻き取り式網戸装置」(実用新案登録請求の範囲の項の記載参照)、また、図面の第1~3図および、「窓のような開口(1)の屋内側四周には窓額縁(8)を配設してあり、この窓額縁(8)の上枠は収納ケース(7)と兼用されている。すなわち収納ケース(7)内部は中空となっていて、網幕(2)を巻き取った巻き取りロール(3)が収納ケース(7)内に回動自在に納入されている。この網幕(2)の下端には棒状の補強枠(9)が取着され」(甲第4号証第2頁第15行~第3頁第1行の記載参照)が記載されており、従って、甲第4号証には、網戸の網幕の一側縁に設けられた面状フアスナーのような係着具と、開口枠に設けられた面状フアスナー用マツトのような被着具とを、係着して網戸の網幕を開閉すること、が記載されているものと認める。

甲第5号証には、「防虫網の両側縁にフアスナー一片を取付けて巻込軸に巻取り窓、出入口等の上部に取付け、両側の柱には固定具を介してフアスナーの他片を固定して巻込軸に巻取られている防虫網を引き下しフアスナーの両片を夫々係合せしめて防虫網の取付けを行うものである。」(公報第1頁左欄第14~20行の記載参照)、「防虫網の両側縁にフアスナーの一片を取付けて巻込軸に巻付け可能に取付け、窓、出入口等の両側柱に沿ってフアスナー他片を取付金具を介して固定し、防虫網の引出し時に於て前記フアスナー他片を取付金具を介して固定し、防虫網の引出し時に於て前記フアスナー両片が係脱可態に構成した防虫網ブラインドの取付装置」(実用新案登録請求の範囲の項の記載参照)が記載されており、従って、甲第5号証には、防虫網の一側縁に設けられたフアスナーの一片と、開口部の柱に設けられたフアスナーの他片とを、噛み合い係合させて防虫網を開閉すること、が記載されているものと認める。

甲第6号証には、第1~4図の記載内容及び、「第1図は建築物の窓等開口部に使用したもので、窓の竪枠1の正面側にはスライドフアスナーのテープ2半分が貼着されている。そして他の半分のテープ3は網戸等のスクリーン4の両側にそれぞれ固着している。このスクリーン4の上端は窓の横枠5に押え板6を使用して固着している。スクリーン4の他端はスクリーン収納体7内の軸8に固着されていて、スクリーン4はスクリーン収納体7に巻込まれて収納されるようになっている。スライドフアスナーのテープ2、3を開閉するスライダー9はスクリーン収納体7の両端部内側に固着していてテープ2、3はそのスライダー9に挿通されている。」(公報第1頁左欄第29行~右欄第6行の記載参照)が記載されており、従って、甲第6号証には、スクリーンの一側縁に設けられたスライドフアスナーの一片と、開口部の竪枠に設けられたスライドフアスナーの一片とを、スライダーにより互いに噛み合い係合させてスクリーンを開閉すること、が記載されているものと認める。

5. 請求人の主張<1>について、

<本件特許発明と各甲号証との対比・当審での検討>

ここで、甲第1、2、3号証に記載されたものと本件特許発明とを対比する。

甲第1号証に記載の「ワクの上部に巻取り巻戻し用回転筒」、及び甲第2号証に記載の「枠の上部に巻上げた網体を収納するボックス」、そして甲第3号証に記載の「枠の上部に巻上げケース」は、いずれも、周枠体の上枠部には防虫網の巻取り収納部に、

甲第1号証に記載の「スクリーン(網体)」、及び甲第2号証に記載の「網体」、そして甲第3号証に記載の「網」は、いずれも、防虫網に、

甲第1号証に記載の「棒状の支え」、及び甲第2号証に記載の「網体の下端にはリード桟」、そして甲第3号証に記載の「網の下端には支持バー」は、いずれも、引下げ引上げ操作用桟に、

甲第1号証に記載の「両枠状のレールに設けた切欠溝」、及び甲第2号証に記載の「左右のレールに配設したスリツト」、そして甲第3号証に記載の「左右の側枠に設けた溝」は、いすれも、網戸用周枠体の左右縦枠の内面側には溝付きレールに、それぞれ相当するものと認められることから、

したがって、以上のことから、甲第1、2、3号証のいずれにも、垂直に設置する網戸用周枠体の上枠部には防虫網の巻取り収納部を設けるとともに、この防虫網の下端には引下げ引上げ操作用桟を固定し、該防虫網の左右両側縁には、一側縁に断続的に設けられた複数の突起物を取付け、網戸用周枠体の左右縦枠の内面側には溝付きレールを設け、該レールの溝には前記断続的に設けられた複数の突起物を摺動自在に挿通すると共に、溝の口縁内面に突起物を摺動自在に係合させ、防虫網を引下げた状態で周枠体内に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用網戸、が記載されているものと認められ、そして、甲第1、2、3号証に記載されたものの「周枠体の上枠部には防虫網の巻取り収納部」は、本件特許発明に記載の「周枠体の上框部に巻取り巻戻し用ローラー」に相当するものと認められることから、したがって、甲第1、2、3号証に記載されたものと本件特許発明とは、垂直に設置する網戸用周枠体の上枠部には防虫網の巻取り収納部を設けるとともに、この防虫網の下端には引下げ引上げ操作用桟を固定し、該防虫網の左右両側縁には、一側縁に断続的に設けられた複数の突起物を取付け、網戸用周枠体の左右縦枠の内面側には溝付きレールを設け、該レールの溝には前記断続的に設けられた複数の突起物を摺動自在に挿通すると共に、溝の口縁内面に突起物を摺動自在に係合させ、防虫網を引下げた状態で周枠体内に蚊や蠅の入り込む隙間をなくしたことを特徴とする建物用網戸、の点で構成を同じくしており、甲第1、2、3号証に記載されたものと本件特許発明とは、以下の点で構成を異にしている。

<相違点>

防虫網の左右両側縁には、一側縁に断続的に設けられた複数の突起物として、本件特許発明では、“一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体”を用いているのに対して、甲第1、2、3号証に記載されたものにおいては、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物や、隔設された複数のランナーや、3個の止め具等を用いている点。

次に、前記相違点について検討すると、本件特許発明における、一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドファスナーのテープ半体は、「上記スライドフアスナーは、本来、開閉操作用のランナーを一対のテープ半体間に相対向する突子を両側から挟むように取付け、このランナを突子に沿ってスライドさせることによって開閉操作するものであるため、ランナと摺接する突子の基端部は丸みをもたせるなどして非常に滑り易く構成されており、従って、本発明において突子の基端部をレールに摺接させることにより、それらが点接触であることと相俟って、突子とレールとの摺接抵抗を非常に小さくして防虫網の開閉操作を軽快且つ円滑ならしめることができる。

しかも、テープ半体自身もランナと常に摺接するものであるため、その耐磨耗性は大きく形成されており、そのため、このテープ半体をレールの溝に挿通させることにより、防虫網自体を挿通させる場合のようなレールとの摺接による該防虫網の破損がなく、その耐久性を著しく高めることができる。

更に、防虫網の両側縁に取付ける係止部材として、前記スライドフアスナーのテープ半体と同様に多数の突子を備えたものを特別に成型しようとすると、型の製作等に多大な費用がかかるため、網戸としての価格が非常に高くなることが避けられないが、本発明のように、安価に大量生産可能なスライドフアスナーを係止部材として使用することにより、品質及び操作性能の良い網戸を安価に得ることができる。」(公報第5欄第33行~第6欄第22行の記載参照)と記載されているように、その作用効果において、係止部材としての型を特別に成型することなく、安価に大量生産され、汎用品であるスライドフアスナーの一片を防虫網の係止部材として用いるものであり、そして、前記した作用効果を奏するものである。

これに対して、甲第1、2、3号証に記載された、断続的に設けられた複数の突起物を有する帯状のスクリーン挟着支持物や、隔設された複数のランナーや、3個の止め具は、いずれも係止部材として特別の形をなす部材であり、そして、この特別な形の部材を製造するには、そのための特別な型が必要があり、したがって、本件特許発明とは、構成が相違しているばかりでなく効果の点においても前記したような差異を有するものである。

また、無効審判請求人は、「防虫網の左右両側縁に、一側縁に多数の噛合用の務歯からなる突子列を備えたスライドフアスナーのテープ半体を取付けるようにすることは、甲第5号証及び甲第6号証に記載されている通り、本件特許発明が出願された遙か以前からこの種の技術分野において既に公知のものとなっていたのである。これら甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明はいずれも本件特許発明と同じ防虫用の網戸に関するものであり、しかも、甲第6号証によれば、スライドファスナーを使用することにより防虫網の巻取りに支障がない利点を有すること、即ち防虫網とその両側縁に取付けるスライドフアスナーとの組合せが好適であることが明瞭に記載されている。」(審判請求書第12頁第12~21行の記載参照)、と述べているが、甲第5号証及び甲第6号証に記載されているものは、いずれも、スライドフアスナー本来の目的、機能を使用しているものであって、本件特許発明のようにスライドフアスナーを、いわゆる一対のテープ半体の結合というフアスナー本来の使用目的や機能とは本質的に別意の態様で使用し、しかも、スライドフアスナーの有する特性を利用した点において、目的、機能を異にしている。

したがって、例え、スライドフアスナーが、本件特許発明が出願された遙か以前からこの種の技術分野において甲第5、6号証に記載されているように公知のものとなっていたとしても、これを本件特許発明と技術分野を同じくする甲第1、2、3号証に記載されたものに適用して本件特許発明のように構成することは、当業者と雖も容易になし得たものとすることはできない。

また、甲第4号証に記載のものも、面状ファスナー本来の目的、機能を使用しているものであり、前述した理由と同様、例え、面状ファスナーが、本件特許発明が出願ざれた遙か以前からこの種の技術分野において甲第4号証に記載されているように公知のものとなっていたとしても、これを本件特許発明と技術分野を同じくする甲第1、2、3号証に記載されたものに適用して本件特許発明のように構成することは、当業者と錐も容易になし得たものとすることはできない。

6. 請求人の主張の<2>について、

<特許法第36条第5項の規定違反>

1)、 審判請求人は、「6-1)まず、本件特許発明は、その出願公告された明細書の発明の詳細な説明によれば、「この発明は従来の網戸の上記問題点を解決したもので、その目的とするところは網戸における防虫網をスプリングローラーによる巻上げ式とし引下げた状態で蚊や蝿の入り込む隙間がない網戸とする」(第2欄21~25行)という解決課題を有するものである。即ち、本件特許発明は「網戸における防虫網をスプリングローラーによる巻上げ式とする』ことを主たる目的の一つとしているものである。

ところが、本件特許発明に係る特許請求の範囲を見ても、巻取り巻戻し用ローラーの構成に関しては、「垂直に設置する網戸用周枠体の上框部に巻取り巻戻し用ローラーを軸承支持』するときさいされているだけであり、防虫網をスプリングローラーによる巻上げ式とする上記の目的を達成し得ると認められるような構成の記載はどこにも見当たらない。・・・略・・・

してみれば、本件特許発明は、その明細書における所期の目的の記載から見て、巻取り巻戻し用ローラーの構成についてスプリングローラーによる巻上げ式であることが必須要件として特定されるべきであるところ、この記載を明らかに欠くべくものであるから、本件特許発明における特許請求の範囲には、明細書の発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているとは認められず、この点において本件特許発明は特許法第36条第5項の規定に違反したものである。」(審判請求書第16頁第16行~第17頁第15行の記載参照)と述べているが、従来、開口部の上框部に設けられた巻取り巻戻し用のローラーに幕の一端を巻付けた巻上げ式のブラインドにおいて、該ローラーをスプリングで駆動し幕を巻上げることは引用例を挙げるまでもなく周知慣用の技術手段である。

してみると、本件特許発明における特許請求の範囲に「垂直に設置する網戸用周枠体の上框部に巻取り巻戻し用ローラーを軸承支持し、前記ローラーには防虫網の一端を巻付け」との記載がある以上、本件特許発明における巻取り巻戻し用ローラーも従来周知慣用の巻上げ式のブラインドのと同様にローラーはスプリングにて巻上げ駆動されるものであると見るのが妥当であり、その旨が、特許請求の範囲において記載されていないからと云って、直ちに、本件特許発明の特許請求の範囲には、明細書の発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていないので、特許法第36条第5項の規定に違反したものであると云う審判請求人の主張には、理由がない。

2)、 審判請求人は、「6-2)また、本件特許発明に係る特許請求の範囲によると、スライドフアスナーの構成について、「一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドフアスナー』と記載されている。つまり、突子列を構成するものとして、明細書の発明の詳細な説明には、「スライドフアスナーテープ半体の突子は、必ずしも第2図に示すような務歯8で構成されるものに限らず、第6図のように、テープ半体9aの先端縁に螺旋線条をその各リング部8aが等間隔となるようにミシンで縫合固定し、このリング部8aによって突子10aを構成することもできる。』(第4欄15~20行)と記載されている。

即ち、ここでいう「一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドフアスナー』とは、テープ半体の先端縁に螺旋線条をその各リング部が等間隔となるようにミシンで縫合固定することによって、突子列として多数の噛合用の務歯が形成されている市販のスライドフアスナーとは全く別異の網戸専用のテープ半体を新たに製造するものであるということができる。・・・略・・・、即ち、市販のスライドフアスナーを係止部材として使用した点につきるものである。 してみると、網戸専用部材として新たに製造する必要のある一側縁に多数のリングからなる突子列を備えたものを係止部材として使用した場合には、本件特許発明の効果を奏し得ず、本件特許発明の特徴と明らかに矛盾するものである。このように網戸専用部材として新たに製造する必要のある突子列を備えたテープを使用する建物用網戸は、前記下従来公知の甲第1号証に記載された建物用網戸と全く同一のものであり、その構成上何ら新規性はない。

従って、この点においても本件特許発明の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとは認められないから、本件特許発明は特許法第36条第5項の規定に違反しているものである。」(審判請求書第17頁第16行~第18頁第16行の記載参照)と述べているが、しかしながら、一側縁に多数の噛合用のリングからなる突子列を備えたスライドフアスナーは、従来周知のもの(例えば、実公昭53-28572号、実公昭53-37766号、実公昭50-35846号、実開昭54-79806号、実公昭56-20974号の各公報参照)であり、且つ、突子列として多数の噛合用の務歯が形成されているスライドフアスナーと同様に市販品である。

してみると、審判請求人が主張する「『一側縁に多数の噛合用の務歯またはリングからなる突子列を備えたスライドフアスナー』とは、テープ半体の先端縁に螺旋線条をその各リング部が等間隔となるようにミシンで縫合固定することによって、突子列として多数の噛合用の務歯が形成されている市販のスライドフアスナーとは全く別異の網戸専用のテープ半体を新たに製造するものであるということができる。」の点について、特許法第36条第5項の規定に違反したものであると云う審判請求人の主張には、理由がない。

7. 結び

以上のとおりであるから、審判請求人の主張する理由および証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

また、審判に関する費用についでは、特許法第169条第2項の規定で更に準用する民事訴訟法第89条の規定により、審判請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年12月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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